川口市民オンブズマン Kawaguchi Citizen Ombudsman


◇当団体について◇

 会の歴史(市民連合)

 会の歴史(オンブズマン)

 活動の基軸・スタンス

 現在の活動状況

 月例会/開催場所/連絡先

 会則

 議事録

 活動支援(寄付)
 オンブズマン・ニュース等

(当会の会員撮影)

HOME

会の歴史

(川口市民連合)

'70年代初め自民党と表裏一体(役員は多くが自民党組織の一員)の町会が保守議員と直結し、市民の要求は町会が取り纏め保守議員経由で、行政に反映される公式が一般化されていた。

川口市にも元気な労働団体、市民団体等があったが市民自治を目指すにはあまりにも少数派であり、孤立していた。

'76117日、これらの団体、市民が話し合う場所として、また、市民自治を目指す一つの形として、仮称川口市民連合と事務所設立の為に具体的な検討をはじめた。

'772に川口市民連合設立準備委員会が発足。

'774発起人の一人である「O氏の母堂」の御好意で川口市中心部に近い工場跡地を借用し、カンパおよび専門技術(工務店、電気技師、配管工事等)を持つ会員の協力で事務所の開設準備を行った。

'77429に事務所が完成し「川口市民連合」の発会式を開催した。

「川口市民連合」には障害者問題、日照問題、見沼田圃ゴミ埋め立て問題、外環状道路問題、環境保全問題、日韓問題等の国際問題、生活協同組合等の市民運動関係者、市会議員、全逓、国労等の労働問題などの関係者が参集し、交流と協力を深めていった。

'79年秋発足後、約3年を経過したごろから、転勤、配置転換、転居等で各運動体の参集が弱まり、また御好意により借用出来た土地の再利用の話もあり、事務所を好意によって提供された生協事務所の一角に移転するなどし、川口市民連合としての組織力は衰退して行き、川口市民連合結成以前の形に戻ってしまった。

以後、特に市民運動は細分化し、その多くは低迷化していった

 

Copyright © 川口市民オンブズマン All Rights Reserved